Levi's 70505 "Big E" — ブランドの絶頂期に生まれたデニムジャケット

1960s Levi's 70505 "Big E"(当店で撮影した個体)。V字のステッチと尖ったフラップポケットが Type III の目印

Levi's1960s-1971

Levi's 70505 "Big E" — ブランドの絶頂期に生まれたデニムジャケット

Levi's 70505、通称 "Big E"。Type III の名で知られるこのデニムジャケット(557、のちの 70505)が Big E だったのは、1962年の登場から1970年代の初めまで、10年に満たない間だけ。赤タブの小さな文字ひとつが、なぜ市場を二分する境界線になったのか — 商標・法制度・紡績工場の話まで含めて読み解きます。

By Kei's Vintage
この記事の動画版です。古着屋の目で、当時の実写映像とともにたどります。

"Big E" が指すもの

Levi's の右後ろポケットには、小さな赤い布のタブが縫い付けられています。そこに入っているブランド名が、長いあいだ 「LEVI'S」 と全て大文字で書かれていました。これが 1971年頃に "Levi's"(eが小文字) へと変わります。

つまり、LEVI'S(大文字E)= Big E、Levi's(小文字e)= Small e。

たったこれだけの違いが、おおよそ1971年前後という線を示します。文字の大きさが、年代を絞る大きな手がかりになっている ── 冷静に考えると、なかなか不思議な話ですよね。

70505 の、着る人から見て左胸のポケットのフラップ脇に縫い込まれた赤タブ(当店で撮影した個体)。この数センチの布に "LEVI'S" と全て大文字で入っているかどうかが、市場を二分する70505 の、着る人から見て左胸のポケットのフラップ脇に縫い込まれた赤タブ(当店で撮影した個体)。この数センチの布に "LEVI'S" と全て大文字で入っているかどうかが、市場を二分する

写真は 1960s の 70505 "Big E"。冒頭の一着と同じ個体です。

赤タブはなぜ生まれたのか

そもそも、なぜポケットに小さな布を縫い付けるのでしょうか。

赤タブが導入されたのは 1936年9月1日。発案者は当時の販売責任者 Chris Lucier だと記録されています。理由は、意外なほど実務的です。当時、アメリカには似たようなカバーオールやジーンズを作るメーカーがいくつもあり、遠目には見分けがつかなかった。そこで、後ろから見てもひと目で自社製品だと分かる目印として、縫い目に小さなタブを挟み込みました(Levi Strauss & Co. 公式アーカイブ)。

いま私たちが年代判定の根拠にしているものは、もともと 「他社と間違われないための工夫」 だったわけです。作った側は、80年後にこの布が年代の決め手として読まれるとは思っていなかったでしょう。

1971年に何が起きたか

では、なぜ大文字の E は小文字になったのか。

この年、Levi Strauss & Co. は 初めて株式を公開 します(1971年、127万株を1株47ドルで放出)。同族経営の卸商から、株主に説明責任を負う近代企業へ。

その少し前の1967年には、いまも店頭やタグでおなじみの "バットウィング" ── コウモリの羽のような形をした赤いロゴで、501の後ろポケットのステッチがモチーフとされます ── が採用されています。手がけたのは、企業ロゴを専門にするデザイン会社ランドー。つまり当時のリーバイスは、会社の「顔」になるマークや表記を、プロの手で揃え直している最中 でした。赤タブの綴りが "Levi's" に統一されたのも、その流れの一環だった ── というのが一般に語られている経緯です(社内資料の解釈には幅があり、切り替え時期にも諸説あります)。

ここでひとつ、実務的な注意があります。タブは、ある日を境に全工場でいっせいに切り替わったわけではありません。 手元にある資材は使い切るのが普通ですから、移行期には大文字タブと小文字タブが混在した と考えられます。「Big E だから確実に1971年以前」と言い切るのではなく、他の手がかりと合わせて絞る のが誠実なやり方です。

ケアラベルという、もうひとつの境界線

その「他の手がかり」として、実はとても便利なものがあります。洗濯表示(ケアラベル) です。

アメリカでは、FTC(連邦取引委員会)の Care Labeling Rule により、衣類に恒久的な取扱表示を付けることが義務化されました。規則の公布は 1971年12月16日、適用開始は1972年7月3日 です(FTC 16 CFR Part 423)。

つまり、しっかりしたケアラベルが縫い込まれている個体は、おおむね1970年代に入ってから と考えられる(移行期には、Big E とケアラベルの両方が付いた個体もあります)。ケアラベルが無く赤タブが大文字なら、年代の推定はぐっと固くなります。

タグに数字や記号が入っている理由は、じつは法律にあります。W.P.L. 番号や RN 番号 も、このケアラベルも ── 年代判定の道具は、たいてい行政の産物 です。ちょっと拍子抜けするような、でも面白い事実だと思います。

70505 とは何か — Type I / II / III の系譜

70505 は、Levi's のデニムジャケットの品番です。リーバイス社の分け方(Type I〜III)では Type III に当たります。

  • Type I(506XX):1900年代〜1950年代初頭。片胸ポケットに、サイドのシンチバック(尾錠)
  • Type II(507XX):1953年頃〜1961年頃。両胸ポケットになり、シンチは廃止
  • Type III(557 → 70505):V字のステッチ、尖ったフラップポケット、細身のシルエット

Type III は 1961年10月のカタログに「Lot 557」として初登場(一般には「1962年登場」として語られます)。そして 1967年、ジーンズの505に合わせて品番が 70505 へ改められました(Levi Strauss & Co. 公式アーカイブ)。品番が変わっただけで、服が変わったわけではない ── ここは混乱しやすいところです。なお、日本の古着屋では 557 を 3rd、70505 を 4th と分けて呼ぶことが多く、同じジャケットに呼び方の体系がふたつあります。

デニムジャケットの系譜 ── リーバイス社の分け方(Type I/II/III)デニムジャケットの系譜 ── リーバイス社の分け方(Type I/II/III)

ところで、いま広く使われている 「トラッカージャケット」 という呼び名は、当時のものではありません。1990年代後半、日本のヴィンテージ・コレクターたちが付けた呼び名 だとリーバイス自身が明かしています(同アーカイブ)。当時のカタログでは、あくまで淡々と品番で呼ばれていただけでした。

つまり私たちが普段使っている「トラッカー」という言葉は、アメリカの服に日本の古着文化が付けた名前が、本国に逆輸入されたもの です。ヴィンテージの用語には、こういう "日本発" が意外とまぎれています。

つまり 70505 は Type III。そこに赤タブの Big E が重なると、「Type III で、しかもおおむね1970年代初めより前」という 二重の目印 になります。

その9年に何が詰まっているか

素材 — コーンミルズと赤耳

Big E 期の生地を語るとき、避けて通れないのが Cone Mills(コーンミルズ) です。ノースカロライナ州グリーンズボロの White Oak(ホワイトオーク)工場 は、1905年にコーン兄弟が建てて操業を始めた工場で、1915年からリーバイスにデニムを供給 し続けました(Cone Mills / ITG 沿革)。一世紀にわたる取引です。

旧式の力織機で織られた生地は幅が狭く、両端が セルビッジ(耳) として仕上がります。リーバイス向けの耳には赤い糸が織り込まれていて、これが 「赤耳」 です。もとは工場で生地を見分けるための糸だったとされます。ここでも、作業上の目印が、後世の読み取りの手掛かりになっています。

  • 目の詰まった、打ち込みのしっかりしたデニム
  • 糸に節(ネップ)が残り、タテ落ち が出やすい
  • 染めの深さと不均一さが、色落ちの表情をつくる

縫製

  • Type III では、それまでの型で使われていたリベットが省かれています

文化 — 労働着が「宣言」になった10年

1960年代後半は、デニムが "労働着" から "自分の立場を語る服" に変わっていく時期でした。大学のキャンパス、音楽、反戦運動 ── どの写真を見ても、必ず誰かがデニムを着ています。

この時期の写真は、権利の面できれいに扱えるものがほとんどありません。 有名なスナップはたいてい報道写真家や音楽写真家の著作物で、当店が引用できる範囲を超えています。誰がこの70505を着ていたかを断定的に語るのも、私は避けたいと思っています。

そこで、少し時代が下るけれど確実に自由に使える一枚を置いておきます。

1973年6月、ミネソタ州のツインシティーズ(ミネアポリス・セントポール圏)。色の抜けたシャンブレーのワークシャツとジーンズ、そしてフレアのジーンズ。赤タブが小文字eへ移った直後のアメリカで、デニムはすでに若者の日常着だった(Donald Emmerich 撮影・米国環境保護庁 DOCUMERICA /NARA /パブリックドメイン)1973年6月、ミネソタ州のツインシティーズ(ミネアポリス・セントポール圏)。色の抜けたシャンブレーのワークシャツとジーンズ、そしてフレアのジーンズ。赤タブが小文字eへ移った直後のアメリカで、デニムはすでに若者の日常着だった(Donald Emmerich 撮影・米国環境保護庁 DOCUMERICA /NARA /パブリックドメイン)

赤タブが小文字eに変わった直後の、1973年のアメリカ。 若い二人が当たり前のようにデニムを着て歩いている。この "当たり前" になるまでの助走が、まさに Big E の10年足らずだったのだろうと思うのです。

Big E の Type III は、服が「労働の道具」から「意思表示」へと移っていく途中の姿を、そのまま生地の上に残している。

赤耳が有限になった日

もうひとつ、この年代を理解するうえで大きい出来事があります。

2017年12月、Cone Mills の White Oak 工場が操業を停止しました。(同社発表・地元報道)。100年以上にわたって赤耳デニムを織り続けてきた織機が、止まった。

これは新品の話であって、ヴィンテージの本数が変わるわけではありません。それでも、「もうあの工場では織られない」 という事実が、赤耳という言葉の重みを変えてしまったのは間違いないと思います。工場が生きているうちは「昔の生地」でしかなかったものが、いまは「途切れた技術の記録」になった、ということです。

見分け方の要点

  1. 赤タブ:LEVI'S(全大文字)か Levi's か。第一関門
  2. ケアラベル:あれば1972年以降が基本。無ければ年代がぐっと上がる
  3. 裏ボタン番号:刻印された数字で工場・年代を絞れる(諸説あり)
  4. 赤耳セルビッジ:内側のサイドシームを開いて、耳に赤い糸があるか
  5. 縫製とボタン:ステッチの具合と、ボタンの刻印

これらを 総合 して判断します。ひとつの指標だけで断定しないのが大切です。

余談:市場はなぜ Big E をこれほど好むのか

これは私の見方ですが、Big E がここまで特別扱いされる理由のひとつは、境界線が誰にでも見えること だと思っています。

生地の質や縫製の丁寧さは、比べる目が育つまで分かりません。でも「Eが大きいか小さいか」は、初めて見た人にも判定できる。市場は、誰にでも検証できる指標を好みます。 年代の値打ちが、たった一文字に集約されてしまったのは、そういう事情もあるのでしょう。

だからといって、小文字eの70年代個体が劣るわけでは全くありません。むしろ手が届きやすく、色落ちの良い個体もたくさんあります。値付けが分かれるのは、一文字に払うか、生地の表情に払うか の差です。

Kei's Vintage の Big E 個体について

当店では、Big E 個体は タグ・赤耳・ボタン裏番号・縫製のディテールを写真で開示 することを基本にしています。同じ「60年代後期」でも、2着並べると別物だからです。

もう一着の 1960s 70505 "Big E"(当店で撮影した個体)。冒頭の一着と同じ年代・同じ品番でも、色落ちの深さと表情はここまで違うもう一着の 1960s 70505 "Big E"(当店で撮影した個体)。冒頭の一着と同じ年代・同じ品番でも、色落ちの深さと表情はここまで違う

こちらは 別の 1960s Levi's 70505 Big E。個体差こそ、この年代のいちばんの見どころです。

同じ "Big E / small e" は、ジーンズ(501XX)の年代判別 でも決め手になります。大戦期の繊維統制と規格の話は Vintage History 第3回 で書きました。

時代の空気 — 反抗とロックの "制服"

このGジャンが現役だった時代、デニムは映画や音楽と結びつき、"反抗" や "自由" の記号になっていきました。のちにフォーク、ロック、パンク、グランジ ── ジャンルを越えて着継がれ、Type III は気づけばミュージシャンの制服のような存在になっていました。

年代を読むということは、その空気を読むことでもあります。赤タブの一文字を確かめる行為は、その服がどの時代の空気を吸っていたかを確かめる行為 でもあります。

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