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物語と背景

ヴィンテージは、その背景を知ることでより深く楽しめます。ブランド史・年代背景・個体解説を、独自の視点で綴ります。

創業者伝 第9回:ハイネマン家とエロッサー家 — 15歳の店員の名が、社名の先頭に来るまで
CAN'T BUST 'EM創業者伝

創業者伝 第9回:ハイネマン家とエロッサー家 — 15歳の店員の名が、社名の先頭に来るまで

「CAN'T BUST 'EM(破れっこない)」のニワトリ印で知られるサンフランシスコの作業着の会社は、1851年から1946年まで、95年間ずっと同族の手にありました。メルボルンから165日の船旅で来た弟、15歳で入社して70年働いた店員、その店員の名前が社名の先頭に来た理由 ── 二つの家族がひとつの会社を守った物語です。

創業者伝 第8回:リチャード・シアーズとアルバ・ローバック — 受け取りを断られた時計の箱から、全米に届いたカタログへ
HERCULES創業者伝

創業者伝 第8回:リチャード・シアーズとアルバ・ローバック — 受け取りを断られた時計の箱から、全米に届いたカタログへ

1886年、ミネソタの小さな駅に、宝石商が受け取らなかった時計の箱が届きます。駅員だった22歳のシアーズはその箱で商売を始め、翌年、新聞の小さな求人広告で時計職人ローバックを雇いました。カタログの帝国を作って50歳で逝った男と、社名に名前を残しながら億万長者にはならず、晩年に給料で古巣へ戻った職人 ── 対照的な二人の一生です。

創業者伝 第7回:C.C.ハドソン — 日給25セントのボタン付けから、ブルーベルを興した男
Wrangler創業者伝

創業者伝 第7回:C.C.ハドソン — 日給25セントのボタン付けから、ブルーベルを興した男

ラングラーの前身ブルーベルを興したC.C.ハドソンの最初の仕事は、オーバーオールのボタン付け、日給25セントでした。勤め先の工場が閉じたときのミシンの買い取りから始まった創業、「死ぬまで借りたままにしておきたい」と書いた37ドル58セントの借金、病気による売却 ── そして1947年のラングラー誕生を見ないまま亡くなった、一人の創業者の一生です。

創業者伝 第6回:エラリー・チュンと武蔵屋の宮本家 — 「アロハシャツ」の名を刷った店と、権利にした店
創業者伝

創業者伝 第6回:エラリー・チュンと武蔵屋の宮本家 — 「アロハシャツ」の名を刷った店と、権利にした店

「アロハシャツ」という名前を最初に新聞に刷ったのは、ホノルルの川沿いにあった日系の店・武蔵屋でした。その名を商標にしたのは、同じ角の近くで育った中国系の青年エラリー・チュン。官約移民の船で渡った初代、5年分の生地の山からシャツ屋になった2代目、そして1986年に「ほとんど知られないまま」亡くなった人と、州に顕彰された人 ── 2軒の店の一生を追います。

創業者伝 第5回:アーヴィング・ショット — 地下室のレインコート屋が、5ドル50セントの革ジャンを作るまで
SCHOTT創業者伝

創業者伝 第5回:アーヴィング・ショット — 地下室のレインコート屋が、5ドル50セントの革ジャンを作るまで

ロウアーイーストサイドの地下室でレインコートを縫っていた兄弟が、1928年、ハーレーの店先に5ドル50セントの革ジャケットを置きます。のちに世界中で「パーフェクト」と呼ばれる一着です。90代まで背広にネクタイで工場の床に立った創業者アーヴィング・ショットの一生を、家族の証言でたどります。

創業者伝 第4回:C.C.フィルソン — 素通りされた町の店主が、47歳でゴールドラッシュに賭けるまで
FILSON創業者伝

創業者伝 第4回:C.C.フィルソン — 素通りされた町の店主が、47歳でゴールドラッシュに賭けるまで

「町長でホテル経営者」── ブランドの紹介によく出てくるこの経歴は、調べてみると本人ではなく父のものでした。本人の40代は、雑貨店の解散、鉄道に素通りされた店、郵便局長としての食いつなぎ。失敗を重ねた男が1897年のシアトルで開いた装備店がFilsonになります。妻と甥と古参の店員が守った没後まで、一生を追います。

黄金の20年 — 戦後アメリカの消費ブームは、服をどう変えたか

黄金の20年 — 戦後アメリカの消費ブームは、服をどう変えたか

1945年の終戦から、ベトナム戦争が本格化する1965年まで。アメリカの家庭の所得は額面でおよそ倍になり、郊外と大学とショッピングモールと「ティーンエイジャー」が発明されました。古着屋の棚のいちばん厚い地層 ── 1950〜60年代の服 ── は、この20年の豊かさと、その豊かさに若者たちが背を向けるまでの記録です。当時の実写と手元の現物でたどります。

創業者伝 第3回:ハミルトン・カーハート — 屋根裏のミシン2台から始まった48年
CARHARTT創業者伝

創業者伝 第3回:ハミルトン・カーハート — 屋根裏のミシン2台から始まった48年

1889年、34歳のハミルトン・カーハートはデトロイトの屋根裏でミシン2台からオーバーオール作りを始めました。鉄道員への聞き取り、union madeのラベル、大恐慌、そして妻と同じ週の死 ── 「正直な1ドル」を掲げた男の48年です。

CPO シャツの系譜 — 米海軍からシアーズまで、ウールメルトンの "羽織"
1940s-1990s

CPO シャツの系譜 — 米海軍からシアーズまで、ウールメルトンの "羽織"

CPO = Chief Petty Officer(米海軍上等兵曹)が寒い日の作業で着た、ウールメルトンのオーバーシャツ(のちに水兵にも広く支給)。戦後はシアーズ・ペンドルトン・LL Bean が民生品化し、いまもアメリカン・ヘリテージの定番です。海軍支給品からヴィンテージ・シアーズ CPO までの歴史を整理します。

創業者伝 第2回:H.D.リー — 石油を売った男が、62歳で作業着を縫い始めるまで
LEE創業者伝

創業者伝 第2回:H.D.リー — 石油を売った男が、62歳で作業着を縫い始めるまで

Leeの創業者H.D.リーが自分の工場で作業着を作り始めたのは62歳のときでした。ホテルの夜勤係、石油会社の再建、結核による転地、二度目の起業 ── 「カウボーイのLee」が生まれるずっと前の、一人の商人の長い人生を追います。

格子柄のアメリカ — フランネルシャツと Woolrich・Filson、そしてグランジまで
1830-1990s

格子柄のアメリカ — フランネルシャツと Woolrich・Filson、そしてグランジまで

赤と黒の大きな格子 ── バッファローチェックほど「アメリカの柄」として刷り込まれた模様はありません。1830年のペンシルベニアの毛織工場から、ゴールドラッシュのシアトル、印刷ネルの大衆化、そして1990年代のグランジまで。格子柄という切り口でアメリカを縦断します。

創業者伝 第1回:リーバイ・ストラウスとヤコブ・デイヴィス — 一通の手紙で交差した二人の移民
LEVI'S創業者伝

創業者伝 第1回:リーバイ・ストラウスとヤコブ・デイヴィス — 一通の手紙で交差した二人の移民

ジーンズを発明したのは誰か。答えはひとりではありません。バイエルンから来た生地商人と、リガから来た仕立て屋。別々の人生を歩いていた二人の移民が、1872年の一通の手紙で交差する ── 新シリーズ「創業者伝」は、ブランドではなく人の一生を追います。

スウェットシャツの一世紀 — Russell の発明と、Champion の「編み地を横に使う」発想
1902-1990s

スウェットシャツの一世紀 — Russell の発明と、Champion の「編み地を横に使う」発想

スウェットシャツの始まりは、チクチクするウールの練習着の代わりに綿を、という社長の息子の思いつきだった ── と Russell は伝えています。その試作から、Champion のリバースウィーブ特許、カレッジプリント、そして90年代の古着ブームまで。「体育の服」が街に出るまでの一世紀を追います。

ウールの敵は、夏にいる? — 虫食いと保管の実用ガイド
実用ガイド

ウールの敵は、夏にいる? — 虫食いと保管の実用ガイド

秋、しまっていたウールを出したら小さな穴が開いていた ── この趣味でいちばん悲しい瞬間のひとつです。犯人は誰で、いつ食べていたのか。しまう前の3つの手順と、防虫剤の使い方、そして食われてしまったときの選択肢まで。ヴィンテージのウールを長く着るための実用ガイドです。

Vintage History 第10回:グローバリゼーションと "日本がヴィンテージ最終消費地になった理由"
1971-2020s

Vintage History 第10回:グローバリゼーションと "日本がヴィンテージ最終消費地になった理由"

1971年ニクソンショック、1985年プラザ合意、1980年代日本バブル、1990年代国産レプリカ誕生、2003年 Levi's USA最終工場閉鎖 ── アメリカ国内で作られなくなった服が、なぜ日本で受け止められ、再生産され、世界の "ヴィンテージ最終消費地" を作ったか。Vintage History シリーズ最終回。

Vintage History 第9回:デトロイトが沈んでも、Carhartt が沈まなかった理由
1889-2020s

Vintage History 第9回:デトロイトが沈んでも、Carhartt が沈まなかった理由

1889年デトロイトで創業した Carhartt は、1903年フォード創業、1908年T型フォード、1955年 GM世界最大企業、1970年代オイルショック、1980年代ラストベルト衰退、1990年代NYヒップホップ再評価、2013年デトロイト市破産 ── という1つの都市の130年と運命を共にしました。Vintage History 第9回。

Vintage History 第8回:連邦ネイティブアメリカン政策と Pendleton の共生
1830-2020s

Vintage History 第8回:連邦ネイティブアメリカン政策と Pendleton の共生

1830年インディアン強制移住法、1838年涙の道、1887年ドーズ法、1909年 Pendleton Woolen Mills 創業、1934年インディアン再組織化法、1990年代の文化盗用論争 ── アメリカ先住民部族との200年の関係性のなかで、Pendleton ブランケットがどのような両義的な位置を占めてきたかを慎重に扱います。Vintage History 第8回。

Vintage History 第7回:ロデオ制度化・西部憧憬・カウボーイ神話
1890s-1970s

Vintage History 第7回:ロデオ制度化・西部憧憬・カウボーイ神話

フロンティアが消えていく1880年代から、アメリカは「失われた西部」を見世物とロデオで再現し続けてきました。1910年 Pendleton Round-Up、1936年 ロデオ選手の団体結成、1947年 Wrangler 誕生、1950年代の西部映画黄金期、1960年代の Marlboro Man ── 神話化されたカウボーイと、その制服としての Wrangler の関係を扱います。Vintage History 第7回。

Vintage History 第6回:ニューヨーク・ガーメント地区の100年
1880s-1990s

Vintage History 第6回:ニューヨーク・ガーメント地区の100年

19世紀末のロウアーイーストサイド移民集積、1909年の国際婦人服労働組合(ILGWU)、1911年トライアングル工場火災、1913年の Schott Bros 創業、1980年代の海外移管 ── ニューヨークの衣料品産業が世界の中心だった100年を整理します。Vintage History 第6回。

Vintage History 第5回:ハワイ準州→州昇格と "アロハ" の世界化
1898-1970s

Vintage History 第5回:ハワイ準州→州昇格と "アロハ" の世界化

1898年米国併合、1900年準州化、1936年「Aloha shirt」商標、1941年真珠湾、1959年第50州への昇格 ── ハワイがアメリカに組み込まれていく60年間と、その地理的・文化的位置がアロハシャツをどのように世界商品へ押し上げたか。Vintage History 第5回。

Vintage History 第4回:冷戦・朝鮮戦争・ベトナムと米軍ジャケット設計史
1947-1975

Vintage History 第4回:冷戦・朝鮮戦争・ベトナムと米軍ジャケット設計史

1947年トルーマンドクトリンから1975年サイゴン陥落まで、約30年。1930年代から冷戦まで、時代ごとに作り直された A-2、M-43、N-1、M-51、M-65、OG-107。これらの米軍ジャケットが、戦場の支給品から反戦のシンボルへと意味を変えていく過程を整理します。Vintage History 第4回。

Vintage History 第3回:WWII の繊維統制と戦時規格 S501XX
1939-1947

Vintage History 第3回:WWII の繊維統制と戦時規格 S501XX

1942年4月、War Production Board が L-85 規制を施行。民需衣料品の素材・部品・縫製ステッチが厳しく制限された戦時のわずか数年に、Levi's の S501XX が生まれます。刻印のないリベット、月桂樹柄のドーナツボタン、アーキュエットステッチのペイント代用 ── 制約が "工夫としての美" を生んだ稀有な期間。Vintage History 第3回。

Vintage History 第2回:大恐慌とニューディール — 国家事業がワークウェアを支えた時代
1929-1942

Vintage History 第2回:大恐慌とニューディール — 国家事業がワークウェアを支えた時代

1929年の株価暴落から1942年の戦時動員まで、約13年間。失業率24.9%という国家危機のなか、ルーズベルトが打ち出した CCC・WPA・TVA という大規模公共事業が生んだ、何百万着ものワークウェア需要。HERCULES とブラウンダックの黄金期は、こうして作られました。Vintage History 第2回。

Vintage History 第1回:西部開拓・鉄道・ゴールドラッシュとデニムの起源
1840s-1890s

Vintage History 第1回:西部開拓・鉄道・ゴールドラッシュとデニムの起源

1849年のゴールドラッシュから1873年のリベット特許まで、24年間にアメリカ西部で何が起きていたか。地理・経済・人口・労働の条件を順を追って整理し、なぜ「ジーンズ」という発明がこの時期にこの場所で生まれたかを読み解きます。Vintage History シリーズ第1回。

ヴィンテージデニムの育て方ガイド — 洗濯・保管・修理の基本

ヴィンテージデニムの育て方ガイド — 洗濯・保管・修理の基本

ヴィンテージのデニムを長く着続けるための、洗濯・干し方・保管・修理の基本。そもそも藍はなぜ落ちるのか、100年前の綿はどう弱っていくのか — 「なぜそうするのか」の理屈から順に、実務的なお手入れまでまとめます。

HERCULES — シアーズが生んだアメリカン・ワークウェアの巨人
HERCULES1900s-1950s

HERCULES — シアーズが生んだアメリカン・ワークウェアの巨人

シアーズ・ローバックの自社ブランドとして、20世紀前半のアメリカ労働者を支えた HERCULES。時計売りの駅員が始めた会社が、なぜ全米の農村へ服を届けられたのか — 郵便制度・通販カタログ・巨大倉庫という「仕組み」の側から、その正体をたどります。

LEE 101J / 91-J / Westerner — 西部へ向かったデニムジャケットの系譜
LEE1920s-1970s

LEE 101J / 91-J / Westerner — 西部へ向かったデニムジャケットの系譜

Lee 101J、91-J ストームライダー、そして "Westerner" — カンザスの雑貨商から始まった会社が、なぜ鉄道員とカウボーイの服を作ることになったのか。ジッパー、サンフォライズド、そして一体の人形。リーバイスとは違う道筋をたどった系譜を、年代の見分け方と一緒に整理します。

Levi's 70505 "Big E" — ブランドの絶頂期に生まれたデニムジャケット
Levi's1960s-1971

Levi's 70505 "Big E" — ブランドの絶頂期に生まれたデニムジャケット

Levi's 70505、通称 "Big E"。Type III の名で知られるこのデニムジャケット(557、のちの 70505)が Big E だったのは、1962年の登場から1970年代の初めまで、10年に満たない間だけ。赤タブの小さな文字ひとつが、なぜ市場を二分する境界線になったのか — 商標・法制度・紡績工場の話まで含めて読み解きます。

WWII〜ベトナム アメリカ軍ジャケット入門 — A-2、N-1、M-43、M-65
U.S. Military1940s-1970s

WWII〜ベトナム アメリカ軍ジャケット入門 — A-2、N-1、M-43、M-65

アメリカ軍が支給したジャケットは、機能と量産の極限から生まれた「工業デザインの傑作」です。A-2、N-1 デッキ、M-43、M-65 — 4つの代表機を年代と用途で整理しつつ、なぜ軍のジャケットだけは年代がはっきり読めるのか、その仕組みまで踏み込みます。