
冒頭画像:1940年10月、ニューメキシコ州パイタウンの品評会ロデオ。投げ縄を手にした牧場主たちが、ロープ競技用の仔牛を追い込む(Russell Lee 撮影・米国農業安定局 FSA /コダクローム/米国議会図書館所蔵/パブリックドメイン)
Vintage History 第7回:ロデオ制度化・西部憧憬・カウボーイ神話
1890年フロンティア消滅以降、アメリカは「失われた西部」を年1回の興行で再現し続けてきました。1908年 Pendleton Round-Up、1936年 PRCA 制度化、1947年 Wrangler 創業、1950年代の西部映画黄金期、1960年代の Marlboro Man ── 神話化されたカウボーイと、その制服としての Wrangler の関係を扱います。Vintage History 第7回。
このシリーズについて
Vintage History 第7回。第1回で、1890年にフロンティアが消えたところまでを見ました。それから約80年、アメリカは面白いことをします ── 消えたはずのフロンティアを、「興行」と「映画」と「広告」で、何度でも再現し続けた のです。今回は、その営みが Wrangler という一本のジーンズを生み、世界の "カウボーイ・スタイル" の制服に仕立て上げていく道のりを追います。
1890年、フロンティア消滅後のアメリカ
第1回で触れたとおり、1890年の国勢調査でフロンティアの消滅が認定され、Frederick Jackson Turner は Frontier Thesis(1893)で「アメリカ人の気質はフロンティアが作った」と論じました。
けれど不思議なもので、フロンティアは消えても、その記憶はむしろ濃くなっていきます。「失われたからこそ神話になる」 ── そんな力学が、いくつもの文化を通じて働き始めるのです。
- 1880年代〜 Buffalo Bill's Wild West Show が全米を巡業("カウボーイ・ショー" の祖型)
- 1903年 映画『The Great Train Robbery』公開(初期の西部劇)
- 1908年 第1回 Pendleton Round-Up 開催(オレゴン、地域ロデオの代表格)
- 1922年 映画『The Covered Wagon』(ハリウッド初の本格西部劇)
テキサスのカウボーイ(1907年、Erwin E. Smith 撮影)。フロンティアは消えても、その姿は「興行・映画・広告」で神話として再現され続けた(米国議会図書館所蔵/パブリックドメイン)
それは産業をどう動かしたか — ロデオの制度化
ロデオ自体は19世紀末から各地で行われていましたが、プロのスポーツとして制度化 されるのは20世紀前半のことです。
- 1929年 Rodeo Association of America(RAA)設立
- 1936年 Cowboy Turtles Association(のちの PRCA の前身)結成 ── 選手の労働条件改善のために(PRCA公式年鑑)
- 1945年 Rodeo Cowboys Association(RCA)へ再編
- 1975年 Professional Rodeo Cowboys Association(PRCA)へ改称
PRCA はいまも、全米で 年間600以上のロデオ大会 を主催しています。これはある意味、「失われたフロンティアを、年に一度、現場で再現する制度」 だと言えるかもしれません。消えた西部を、人々はどうしても手放したくなかったのですね。
ロデオの制度化 ── 1929年RAAから1975年PRCAへ。フロンティアを年1回、現場で再現する制度として整った(Kei's Vintage 独自作成の年表)
服はどこで生まれたか — Rodeo Ben と Wrangler
ロデオが制度になれば、プロのカウボーイのために最適化された服 への需要が生まれます。
Rodeo Ben(Ben Lichtenstein)
ポーランド系移民の仕立屋 Rodeo Ben(本名 Ben Lichtenstein)は、カウボーイ専門の仕立て店を構え、20世紀半ばのスターたちのステージ衣装を手がけたとされます(諸説あり。Wrangler公式企業史および各アーティストの伝記より)。
ここでも、第6回と同じ構図が出てきます。もっともアメリカ的とされる西部の服を仕立てたのは、ヨーロッパから渡ってきた移民の職人だった。 ロウアーイーストサイドのユダヤ系仕立屋がレザージャケットを生んだように、フィラデルフィアのポーランド系仕立屋がカウボーイの舞台衣装を作っていた。「アメリカらしさ」は、外から来た手によって形にされている ことが本当に多いんです。
- Hank Williams(カントリー音楽の祖)
- Roy Rogers("歌うカウボーイ" の映画スター)
- Patsy Cline、Tex Ritter、Gene Autry ら
Wrangler(1947年創業)
第3回で触れた戦時規格を経て、戦後、Levi's・Lee に挑む 第三のデニムブランド として、1947年に Blue Bell Inc. が立ち上げたのが Wrangler です(Blue Bell 公式社史)。
面白いのは、Wrangler が最初から 「プロのロデオカウボーイのための一本」 と明確に位置づけられていたこと。Rodeo Ben を含む複数のデザイナーが、現役チャンピオン Jim Shoulders らから直接フィードバックを受けて設計した、と伝わります。つまり "現場の声から生まれたデニム" なんですね。
主要モデルはこの二本。
- 11MW(Men's Wrangler):ボタンフライ、レギュラーストレート
- 13MWZ(Men's Wrangler Zipper):ジッパーフライ、スリム
そして、馬に乗る人のための工夫が、細部に効いています。
- ブロークンツイル(1964年頃からの改良と伝わります):洗濯後の脚のねじれを防ぐ(後述)
- 股の補強:馬上での破れを防ぐ
- フラットなリベット:サドルを傷つけない
- W ステッチ:バックポケットの、大胆で誇らしい意匠
Wranglerウエスタンデニムのイメージ。ロデオ向けに股の補強・フラットリベット・低いバックライズ。裾ねじれを防ぐブロークンツイルは1964年頃からの改良と伝わる(Kei's Vintage 独自作成・実物のトレースではありません)
横道:ジーンズの脚が、洗うとねじれる理由
穿き込んだジーンズの脇の縫い目が、だんだん前や後ろに回ってくる ── あれ、気のせいではありません。織り方が原因 です。
デニムは綾織りで、生地の表面に斜めの線が走っています。この斜めの向きが洗濯による収縮と噛み合って、筒状の脚をねじる方向に力が働く。だから洗うたびに、少しずつ回っていくわけです。
面白いのは、ブランドごとに綾の向きが違う こと。
- Levi's:右綾(ライトハンドツイル)── 脚が一方向にねじれていく
- Lee:左綾(レフトハンドツイル)── 逆向きに、そしてやや柔らかい表情に
- Wrangler:ブロークンツイル ── 綾の向きを途中で折り返し、斜行そのものを打ち消す。導入は1964年からとされ、それ以前の Blue Bell 期は Lee と同じ左綾 だったと言われます ── つまり初期の Wrangler は、脚がねじれる側でした
Wrangler がブロークンツイルを選んだのは、意匠のためではありません。馬に乗る人にとって、脚がねじれた作業着は単純に邪魔だった からです。鐙に足をかけ、一日中鞍の上にいる人間にとって、縫い目の位置がずれることは実害でした。
つまり 「ねじれない」という一点のために、生地を織るところから設計をやり直した。 ロデオのための一本というのは、こういう水準の話なんですね。
ひっくり返すと、これは年代判定の目安にもなります。「左綾の古着 Wrangler は、ブロークンツイル以前 ── おおむね1964年より前の Blue Bell 期」という情報が古着市場では語られています。ただし移行期の個体や例外もありえますから、これ単独では決めず、ジッパーやタグと併せて眺めてみてください。
お手元のジーンズの脇線が回っていたら、それは欠陥ではなく 織りの素性が出ている サインです。ぜひ一度、確かめてみてください。
1950年代、西部映画の黄金期
戦後のアメリカは、経済的な繁栄と冷戦の不安が同居する時代でした。そのなかで 西部映画は「強く、シンプルなアメリカ」を再確認する装置 として機能した、と考えられます。
- 『Red River』(1948、John Wayne)
- 『High Noon』(1952、Gary Cooper)
- 『Shane』(1953)
- 『The Searchers』(1956、John Wayne / John Ford)
- 『Rio Bravo』(1959、John Wayne)
スクリーンの John Wayne や Gary Cooper、Roy Rogers、James Stewart が身につけていたのは、Levi's・Lee・Wrangler のいずれかのジーンズと、Rodeo Ben 系の仕立屋によるウエスタンシャツ。銀幕のヒーローが、そのまま "着るべきカウボーイ像" を広めていったわけです。
1960年代、Marlboro Man — 広告史最大のアイコン
1954年に始まった Marlboro 煙草の "Marlboro Man" キャンペーン は、20世紀後半でも屈指の広告ヒットとされます。
- 1954年 Leo Burnett 広告代理店がコンセプトを立案(フィルター付き煙草に "男らしさ" を与えるため)
- 1960年代〜1990年代 世界中で展開、Marlboro を世界最大の煙草ブランドへ
- 1999年 米国のタバコ規制でテレビ広告が禁止に
- 2014年 Forbes などが "20世紀で最も影響力のあった広告" と評価
ここで、ひとつ立ち止まりたいのです。Marlboro Man の典型的な姿 ── デニムジャケット、Wrangler、ウエスタンシャツ、テンガロンハット ── は、「実在のカウボーイの服装」ではなく、20世紀の広告産業が作り上げた "神話のカウボーイ像" でした。
服そのものは、ロデオの現場が本当に必要とした道具でした。 ただ、その上に乗せられた「男らしさ」の物語は、誰かが商品を売るために設計したものだった。道具としての真実と、物語としての演出は、分けて見ておきたい。 ヴィンテージを扱っていると、この二つはしょっちゅう混ざって語られるので、なおさらです。
Marlboro Man は実在のカウボーイの服装を写したのではなく、その逆 ── 神話化された服装が広告を通じて "実在のカウボーイらしさ" として広まった、と整理できる。
実際のカウボーイ(1907年、Erwin E. Smith 撮影)。Marlboro Man が広めたのは、この現実の姿ではなく、広告が作り上げた「神話的カウボーイ像」だった(米国議会図書館所蔵/パブリックドメイン)
上の一枚は、1907年に撮られた本物のカウボーイ ── 神話になる前の、働く男の記録です。
いま、私たちが手に取る一着の意味
Wrangler のヴィンテージ、とりわけ Blue Bell 期(1947〜1980)の 11MW や 13MWZ を穿くことは、「制度として再現された、失われた西部」=ロデオ × 西部映画 × Marlboro 広告 という、3層の文化装置を、布の上にまとうことでもあります。
Levi's でも Lee でもなく、Wrangler にだけ漂う 「神話の制服」 という手ざわり。その正体は、たぶんこの重なりにあるのですよね(解釈は分かれます)。実用の一本として気軽に穿くのもよし、その裏の神話に思いを馳せるのもよし ── どちらの楽しみ方も、ちゃんと正解です。
次回予告
第8回は 「連邦ネイティブアメリカン政策と Pendleton の共生」。1830年強制移住法から1934年再組織化法、1909年 Pendleton Mill 創業、Umatilla 族との交易、1990年代以降の文化盗用論争 ── ネイティブアメリカンとの「共生」と「商品化」の両義性を慎重に扱います。
この記事は、まだ途中です
店主がいま確認できる範囲で書いています。実物を手に取るたびに「あれ、話が違うぞ」と気づくことがあって、そのたび書き直しています。間違いは、まだ残っているはずです。
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