
1970s Pendleton ウールジャケットの襟元(当店で撮影した個体)。このあたたかな風合いの正体こそ、幼虫の好物でもある動物性繊維・ケラチンです
ウールの敵は、夏にいる? — 虫食いと保管の実用ガイド
秋、しまっていたウールを出したら小さな穴が開いていた ── この趣味でいちばん悲しい瞬間のひとつです。犯人は誰で、いつ食べていたのか。しまう前の3つの手順と、防虫剤の使い方、そして食われてしまったときの選択肢まで。ヴィンテージのウールを長く着るための実用ガイドです。
今回は ウールとニット のケアの話をします。Pendleton も CPOシャツ も ウールネル も、敵は同じ ── 虫 です。
1942年8月、モンタナ州グラヴェリー山地(マディソン郡)の羊飼いと群れ。すべてのウールは、こういう草原から始まる(Russell Lee 撮影・FSA/OWI コダクローム/米国議会図書館所蔵/パブリックドメイン)
犯人は、成虫ではなく幼虫
衣類を食べる虫として知られるのは、イガ と コイガ という小さな蛾の仲間です。そして日本の家庭でじつは被害がいちばん多いのは、ヒメマルカツオブシムシ という小さな甲虫の幼虫だとされます(新宿区・札幌市の衛生資料より)。春に成虫が入り込んで卵を産み、幼虫は1年近くかけて育ちます。
どちらにも共通して大事なのは、生地を食べるのは飛んでいる成虫ではなく、幼虫 だということ。成虫は服に卵を産むのが仕事で、かえった幼虫が、ウールやカシミヤなどの動物性繊維(ケラチン)をかじって育ちます。
つまり、部屋で蛾を1匹見かけたときには、どこかで卵か幼虫が育っている可能性がある ということです。そして被害は、着ている間ではなく、しまって動かさない数ヶ月のあいだ に進みます。時期は一年中起こりえますが、暖かく湿った季節にはとくに進みやすくなります。暗くて、静かで、邪魔が入らない ── 収納の中は、幼虫にとって理想的な食堂なんです。
なぜ「汚れ」が呼ぶのか
虫がとくに好むのは、繊維そのものに加えて、汗・皮脂・食べこぼしの跡 です。目に見えない汚れが残ったまましまうと、そこが狙われます。「一度しか着ていないから大丈夫」が危ないのは、このためです。
しまう前の3手順
- 洗う(またはブラシをかける):洗えるものは洗ってから。クリーニングに出せるものは出してから。難しい場合も、全体をブラッシングして表面の汚れとホコリを落とします
- 陰干しで完全に乾かす:湿気が残ったまま密閉すると、虫の前にカビが来ます。直射日光は色褪せの原因になるので、風通しのよい日陰で
- 密閉して、防虫剤をひとつ:衣装ケースや圧縮しない袋に入れ、防虫剤を規定量。においのある防虫剤(パラジクロルベンゼン・ナフタリン・しょうのう)どうしは一緒に使わないのが原則 です(溶けて衣類にシミを残すことがあります)。無臭のピレスロイド系はほかと併用できるとされますが、まずはパッケージの注意書きに従ってください
ウールをしまう前の3手順 ── 洗う・完全に乾かす・密閉して防虫剤ひとつ。被害は「しまって動かさない間」に進む(Kei's Vintage 独自作成)
桐と杉は効くのか — 正直なところ
桐たんすや杉のチップは昔から防虫に良いと言われます。木の香り成分に虫が嫌う性質があるという説明が一般的ですが、市販の防虫剤ほどの確実な効果を裏づける情報は多くありません。当店の考えは「桐や杉は湿気をやわらげてくれると言われる点が頼りになる。防虫は防虫剤に任せる」── 役割分担で考えるのが現実的だと思います。
日本の夏と湿度
海外のガイドにあまり書かれていなくて、日本で決定的なのが 梅雨 です。湿度はカビと虫の両方を呼びます。梅雨の前に一度、収納を開けて風を通す。除湿剤を入れ替える。これだけでリスクはかなり下がります。
もうひとつ、ニットで多い失敗が ハンガー掛け です。ニットは自重で伸び、肩に跡が出ます。畳んで、重ねすぎずに置く のが基本です。
食われてしまったら
穴を見つけても、その一着は終わりではありません。
- 小さな穴:ダーニング(かがり繕い)で埋められます。あえて色糸で見せる直し方も、いまは人気があります
- 目立つ穴:かけはぎ(かけつぎ) という、共布の糸や布を目立たない部分から取って織り目をつなぎ直す専門技術があります。安くはありませんが、良いウールなら十分に元が取れます
- 直す前に:ポリ袋に入れて口を閉じ、家庭の冷凍庫で1〜2週間 置くと、虫をほぼ止められるとされます(出したら袋のまま室温に戻すと、結露で濡れません)。他の服への被害を広げないためにも、穴を見つけたら周囲の服も点検を
穴あきで安く出ている個体を直して着る、という買い方も、ヴィンテージの 合理的な楽しみ方 のひとつです。
いま、私たちが手に取る一着の意味
50年前のウールが今日まで残っているのは、歴代の持ち主が虫に勝ち続けてきたからです。あなたの手元にあるペンドルトンやCPOは、いわば リレーのバトン。次の走者に渡すまで、夏のあいだだけ少し気にかけてあげてください。
1970s Pendleton ウールジャケット(当店で撮影した個体)。50年前のウールが穴ひとつなく残っている ── 歴代の持ち主のケアの積み重ね
写真は 1970s の Pendleton ウールジャケット。半世紀を走りきった個体です。
この記事は、まだ途中です
店主がいま確認できる範囲で書いています。実物を手に取るたびに「あれ、話が違うぞ」と気づくことがあって、そのたび書き直しています。間違いは、まだ残っているはずです。
下のコメント欄には写真も貼れます。訂正でも、質問でも、雑談でも。
Tags
Available Pieces
記事に関連する商品
More Reading
次に読む

創業者伝 第4回:C.C.フィルソン — 素通りされた町の店主が、47歳でゴールドラッシュに賭けるまで
「町長でホテル経営者」── ブランドの紹介によく出てくるこの経歴は、調べてみると本人ではなく父のものでした。本人の40代は、雑貨店の解散、鉄道に素通りされた店、郵便局長としての食いつなぎ。失敗を重ねた男が1897年のシアトルで開いた装備店がFilsonになります。妻と甥と古参の店員が守った没後まで、一生を追います。

ヴィンテージデニムの育て方ガイド — 洗濯・保管・修理の基本
ヴィンテージのデニムを長く着続けるための、洗濯・干し方・保管・修理の基本。そもそも藍はなぜ落ちるのか、100年前の綿はどう弱っていくのか — 「なぜそうするのか」の理屈から順に、実務的なお手入れまでまとめます。

創業者伝 第10回:ウィリアム・フィンク — 列車の売り子が、「割に合うからだ」と組合の服を作るまで
デトロイトでカーハートと張り合った、豚の頭のボタンの FINCK'S。その創業者ウィリアム・フィンクは、10歳で父を亡くし、12歳の現金運びから列車の売り子を経て、48歳で自分の会社を興した人です。「組合の労働者を雇う理由? 割に合うからだ」と帳面に書き、営業員には「もっと苦情を送ってくれ」と頼んだ ── 職人気質の経営者の一生と、ライバルの製品ラベルの中に名前が残るまでを追います。


Comments
コメント・写真投稿
あなたの一着の写真や、感想・別解釈・素朴な質問を歓迎します。投稿は店主が確認のうえ公開します(すぐには表示されません)。
読み込み中...